街の歴史

海老江八坂神社

Categories: 街の歴史
海老江八坂神社 はコメントを受け付けていません。

福島区には古くから伝わる名所や、神社・祭礼など見どころがいっぱいです。

ebieyasaka2

当神社の創建に関しては、境内に現存の天治(1124)
大治(1131)と読み得る石燈籠があります。
又、村の旧記に永徳3年(1383)霜月社殿再建と書かれており、

足利3代将軍義満の頃で再建とあるから、
これより更に以前に祀られた事がうかがえます。

ebieyasaka1
元亀元年(1570)織田信長が石山本願寺攻めで、

野田城の三好党を討とうとしたとき、

先陣の将荒木村重を遣わして、

戦勝を祈り陣馬陣刀を献じたと云われています。

細川家の記録に海老江堤の田の中に陣したと記されています。
文禄3年(1594)延宝5年(1677)の検地帳に境内を免税にされた記録があります。
又、承応元年(1652)氏子の先覚道意翁が尼崎新田(道意新田)を開発。

その氏神として当神社の御分霊を奉迂して祀った。

(現 道意神社)と伝えられています。

海老江八坂神社

福島区海老江6-4-2

野田恵美須神社

Categories: 街の歴史
野田恵美須神社 はコメントを受け付けていません。

福島区には古くから伝わる名所や、神社・祭礼など見どころがいっぱいです。

この神社がいつ創建されたかは記録が残っていないため不明だが、

nodaebisu4

 

神社に保存されている「御影石」の建石には「ゑみすのみえ」て刻まれ、

その側面には「永久三乙未年三月」と刻まれているため1115年が推定される。

nodaebisu1

平安時代前は現在の野田の地形とは大きく異なり、

この地域には「難波八十島」という島が点在していたのではないかと言われている。

そのような島も淀川の堆積土砂によって段々と島が陸地化していったのではないかと思われ、

平安時代末期には本格的な開発が開始され、

この地域は半農業、半漁業の集落が形成されていったと思われている。

当社の「エビスの大神」も漁民の守り神として信仰されていたと考えられる。

野田恵美須神社

福島区玉川4丁目1-1

福島天満宮

Categories: 街の歴史
福島天満宮 はコメントを受け付けていません。

福島区には古くから伝わる名所や、神社・祭礼など見どころがいっぱいです。

かつて、福島には、

上の天神、中の天神、下の天神の3天神社がありました。
福島天満宮は上の天神にあたります。

Fukushima-Tnmangu-Shrine-02

社伝によれば、901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転させられた際、

当地の里人徳次郎が旅情を慰めたことをいたく喜ばれ、

この辺りを餓飢島と呼ばれていたのを「福島」と名づけられた。

tenmangu2

後年、菅原道真が大宰府で失意のうちに死亡したのを聞いたこの地の里人らが、

小祠を建てたのが起源とされている。

福島天満宮

福島区福島2丁目8-1

逆櫓の松跡碑

Categories: 街の歴史
逆櫓の松跡碑 はコメントを受け付けていません。

福島区には古くから伝わる名所や、神社・祭礼など見どころがいっぱいです。

100景の一つに選ばれるほど、立派な松だったようです。

ここは『平家物語』の中で、源義経()が作戦会議をした場所として知られています。
明治42年、「北の大火(きたのたいか)」「天満焼け(てんまやけ)」と呼ばれる大火災で焼けてなくなりました。

江戸時代に流行した浮世絵でも、逆櫓の松は大阪の名所100景のひとつとして描かれました。

sakaro_ukiyoe

現在はこうなっています。

このあたりではないかと推定される場所に石碑が建てられています。

sakaro_now

逆櫓の松跡碑

福島区福島2丁目2-4